坂戸城と坂戸富士権現
坂戸城は、上田の庄(南魚沼市地域)を眼下に一望できる坂戸山に築かれていました。
後の上杉家当主上杉景勝公とその家臣直江兼続公生誕の地でもあります。
難攻不落の名城として知られ、1578年御館の乱(上杉家家督争い)に乗じて攻めよせた北条軍を、1582年にはいよいよ天下を手中にすべく越中・越後へ侵攻を開始した織田軍を撃退するなど、越後の玄関口を守る役割を担い続けました。
そんな坂戸山頂には、当寺が別当職を務める富士権現社があり、戦国時代には、上杉氏、上田長尾氏 堀氏から庇護を受けていました。
1598年上杉家の会津移封に伴って越後に国替えとなった堀監物直政公より坂戸山富士権現に石高10石の寄進を受けており、その寄進状は市の指定文化財になっています。
昭和55年(1980年)坂戸城跡が国指定文化財に登録され、それに合わせ富士権現堂を市民の浄財により改築いたしました。
毎年富士山の山開きに合わせ 7月1日に祭礼を執り行っており、6月30日には、前夜祭として山頂にかがり火を焚きます。
また、同日夜には市の観光協会による「百八灯」が催され、薬師尾根に沿って200本以上のローソクに明かりが灯ります。
現在の坂戸山は六日町のシンボルマウンテンとして地元の住民はもちろん、歴史好きや、自然を愛する多くの登山客で賑わっています。